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2019-08

キム・ミンジュンさんの”サブナムジュ議論”についての

[O2プラス/利益院のショビズウォチ]キム・ミンジュン‘サブナムジュ’論議がおかしな理由
東亜日報原文記事転送2011-07-01 16:05
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[東亜日報]

俳優キム・ミンジュンのいわゆる'サブナムジュ論議'が先週末インターネットを熱い雰囲気にした。 発端はインターネット媒体'OSEN'の22日付記事''サブ ナムジュ'ユン・ゲサン-キム・ミンジュン、'トッコ陣うらやましくない''であった。

記事は全般的にKBS2ドラマ'ロマンス タウン'でメイン級チョン・ギョウンと比較してキム・ミンジュンの存在感も絶対離れていないという内容だったが、次のような短絡が問題になった。

"主人公をさらに光るようにする道具、あるいはすべき仕事なしで立っているカカシに転落するのが常なのがすぐにサブ主人公らの運命だ。 相対的に認知度が落ちたり演技力に検証がさらに必要な俳優がサブの役割にキャスティングされる傾向が濃厚だ。 メイン級を夢見るが冷静においてみた時視聴者たち立場では魅力でも能力が落ちる俳優だけで考えることが通常的だ。"

キム・ミンジュンは23日自身のツイッターに"サブナムジュという話は何か?..カカシ? メイン級を夢見る?..サブ主人公らの運命? おい私はたとえ足演技をするが、カメオでも何でもセリフ一言目つき一瞬ただキム・ミンジュンだ。 どこで誰を評価して空っぽである頭で?!"と反発した。

彼は引き続き"演技者あるいは高名な俳優様が自分の配役に制約を置いた助演であるから助演ぐらい演技した主人公であるから助演適当に年そうするといいますか。 このような形で演技する人々をばかにしますか。 何のようでもない修飾語を付けて"と大きく反発した。

問題はここで終わらなかった。 OSENは24日'ツイッター悪口キム・ミンジュン、映画自尊心はどこへ行ったか?'という記事を送りだしてキム・ミンジュンの反発を批判しながら、22日付記事と正反対論調で"毎度他のキャラクターを引き受けても大きく変わらない彼の演技力はいつも論議の対象になってきた"と評価した。

媒体は引き続き'キム・ミンジュン氏. チームトップ主演を無視して申し訳ありません'という題名の嘲弄性コラムを送りだすことさえした。 このコラムがインターネットユーザーら間で大きい論議を起こしてことはより一層大きくなった。

もちろんキム・ミンジュンも時々刻々ツイッターを通じてOSEN側対応を批判した。 これにネチズン反応も徐々にOSEN側に批判的な雰囲気に流れるとすぐについに26日'キム・ミンジュン氏. チームトップ主演を無視して申し訳ありません'コラムがOSENおよび各ポータルサイトで降りて行くハプニングが広がることもした。 そしてその時点でキム・ミンジュンとOSEN間打ち合う対立は虚しく終わった。

●主演と助演を分け始めたのは20世紀以後のこと

今回の事件の全体的な流れはメディア今日がよく整理した。 メディア今日24日付記事'"キム・ミンジュン'サブナムジュ'"騒動…報道機関対応論議'とは"事実今回の事件はキム・ミンジュン側の適切でない対応だけ問題にしたとすれば世論は十分にOSENの手をあげるほどの事案だった"として"だがOSENは'演技力うんぬん'という多分報復性と見える記事で自らの正当性を弱化させた"と評価した。 事実以外には他の評価が不可能だ。

しかし当初問題の出発点になった'サブ主演'という単語とその定義、役割に対してはもう一度考えてみる必要がある。

'サブ主演'は新造語だ。 インターネットユーザーが最近作り出した単語と見えて、主演級と助演級間比重の役割を示すと見なされる。 ところでそのような役割に対する単語はすでに存在する。 '酒造研'という単語だ。

業界内で使われる基準はたいてい主演、酒造研、助演、操短駅、端役、イメージ端役などに分かれる。 ここで酒造研、操短駅、イメージ端役などの単語は一般大衆に習熟しなくて'サブ主演'と同じ新造語が代わりに使われることになったことが把握される。

ところでなぜこのような形で劇中の役割を分類することになったのか。 大きくおいてみた時、端役という役割は以前からもそのような形で整理されて評価されてきた。 しかし主演と助演の場合は違う。 そのように別に呼んだ歴史がそんなに長くない。

理由は明白だ。 役割比重が少なくてセリフが多くないという理由で該当キャラクターが話の中心でないという方法はないためだ。 それでも主演と助演で呼称が別に呼ばれて、そのような呼称が大衆的に広く知られることになったのは概略20世紀初中盤がその開始点であると見なされる。

映画ジャンルの大衆化が火種として作用したという分析だ。 そしてその大衆化過程中でも'映画賞'の誕生がその基点になったという分析が支配的だ。 実際にあるポータルサイトの知識百科にも'助演'項目に次の通り記述されている。

"一つ一つの戯曲や脚本でどんな人物が助演かを判別することは難しい。 シェークスピアの作品を例にあげれば、'ハムレット'ではデンマーク王子ハムレットが主役でデンマーク宮廷の兵士たちが端役であることは自明だが、デンマーク王クルロディオスの役は断定するのが容易でない。 彼はハムレットの復讐行為の対象であり主役と対立する敵役であるから、演劇全体で占める位置は明確に主役に達し得ないが、助演だと断言することもできない。 また、オフィーリアは重要度においてはクルロディオスボだ遅れるか、ハムレットの愛の対象であり、主役の相手役であるから、助演だと話すことができないのかも分からない。(中略)劇中の人物でなくその役を演技する俳優側から助演を選び出す方法がある。 すなわち各種演劇・映画賞などの選考にあって、助演賞の対象になる俳優が引き受けた役がすぐに助演だと考えることができる。 ブロードウェー演劇を対象にするトニー賞に助演男優賞・助演キツネ上部門があることなどがその例だ。"

虚無ギャグのような話ではあるが、結局週・助演の分類は'賞'でその役割を分けたのが契機になれるという傍証だ。

●主演と助演を別に分類したのは産業的目的によったこと

それなら映画上などはなぜ主演と助演を分けたのだろうか。 ひとまず単語の意味から把握してみよう。 主演と助演という単語は意外に役割比重を示す意味をこめていない。 英語ではLeading ActorとSupporting Actorと表現される。 '導く俳優'と'支援する俳優'だ。 これを日本で主演と助演で翻訳した。 '主人になる俳優'と'助ける俳優'だ。 韓国はこの日本式翻訳をそのまま持って使っていることだ。

しかしこのような役割規定はウィ・ジシク百科内容を参考にしてみた時そのどのことでもまともに合う部分がない。 同じ'ハムレット'をおいてみた時、いったい誰が劇を導いて誰が彼を支援して、誰が劇の主人で誰がその主人を助けるかとの話だ。

'ハムレット'だけでなくそのどのコンテンツに適用してみても同じだ。 これに推論できる部分は、当初主演と助演という単語は急造された印象が濃いという点だ。 特定目的のためにそれこそ'あらまし'取ってつけた役割概念という話だ。

それならいったい誰が、どんな目的のために急造しても主演と助演を分けることになったのか。 その元凶(?)ウで指定されるのがすぐに米国最大映画賞であり現存する世界各種大衆文化賞中最も長い間の歴史を持ったアカデミー賞だ。

アカデミー賞は1929年初めての授賞式を開いて去る2月第83回授賞式を終えた。 米国の演劇部門最高権威上のトニー賞が1947年初めて開かれたし、国際映画祭中最も長い間の歴史を持ったというベニス映画祭も1932年に創設されたので、それこそ最古という話を聞くに値する。

ところでアカデミー賞は3年後誕生したベニス映画祭、17年後誕生したカンヌ映画祭などとかなり違う面があった。 アカデミー賞は映画に対する芸術的評価より徹底的に映画界の産業的復興を目的に授賞される傾向が濃厚だったという点だ。

真っ最中米国大衆の映画消費欲が落ちた大恐慌期に創設されたという点からそのような目的を推察させる。 映画と映画関係者らに上をばらまく大層なショーを開いて映画ジャンルに対する大衆の耳目をまた引っ張ってみようとする目的だった。

そうしたら作品賞などの授賞にあって相当部分商業的可能性と成果を祝賀する傾向が深まったし、俳優らに対する授賞にも同じこと傾向があらわれた。 初期だけでもクラーク・ゲーブル、キャサリン・ヘップバーン、結ぶだろうピクポドゥ、ペティテイス、ライオネルベリモアなど商業的に大きい成果を見せるスター級俳優ら、それこそ'コンテンツ販売を導く'俳優らに主に授賞した。

しかし大恐慌時代をすぎて産業が次第に巨大になるとスターらに対する褒賞だけでは不足することになった。 映画産業はスター産業と密接に連結されていて、スターのチェーン式交替論理が適用される産業だ。 ところで比重が大きい役割を受け持つスターらにだけ授賞する構造ではまだそれ位の役割を任せることができない新鋭、すなわち未来スターのローンチを助けることが不可能だったためだ。

それで9回目、1937年から制定されたのがすぐに男女助演賞だった。 記録上では助演を規定してそれに賞まで付与したのはアカデミー賞が世界歴史上初だ。 まだスター性はない新鋭、またはなる性呼んだ面はあるが機会をのがしたベテランらに賞を授けることによって大衆の世間の注目を集めて'売り飛ばすことができる'俳優で登板させるのが目的だった。

結局主演と助演の区分は当初徹底的に産業的目的から始まった産業戦略の一環であったという話だ。 そしてこれは世界3代国際映画祭で席を占めたカンヌ、ベニス、ベルリン映画祭にまだ助演賞部門が制定されていない点でも簡単に立証される。

昨年アカデミー賞男優助演賞を受賞した'バスターズ:経た野郎ら'のクリストフ ウォルツもカンヌ映画祭ではただ一つだけである'男俳優賞'をもらった。 これは世界3代国際映画祭がアカデミー賞に比べて相対的に芸術本位性格に合わせて授賞する傾向と密接な関連がある。 産業的目的を排除したら、事実上俳優に主演と助演を分けて考える理由がないことだ。

● 16分だけ出演してもコンテンツを'時'人ならば主演

アカデミー賞の話をもっとしてみよう。 アカデミー賞は米国映画産業がずっと復興の道を歩くほど主演と助演区分を置いてより一層露骨に産業的判断を加えた。 比重次元はこれ以上議論の種さえならなかった。

助演賞は未来産業を導いていく新鋭をローンチさせる役割と共に、機会をのがした老将らに授賞することによって'ショー'としての温かい感動をあたえる装置で応用された。 それなら主演賞は? 主演賞は時間が流れるほどコンテンツを'時'張本人に合わせることが慣例になった。 言ってみれば'産業的担い手'が主演になることだ。

1992年'羊たちの沈黙'がアカデミー賞5個部門をさらった当時が一例だ。 主演男優賞はハンニバルレクト役にクェヨンを広げたアンソニー・ホプキンスに帰った。 ところでホプキンスは映画の全体118分分量中わずか16分にだけ姿を見せた。

客観的分量面ではどんな意味ローガン・ジュヨンと解釈されるのが難しかった。 主演と助演の区分は劇中分量次元と関係がないという点をもう一度立証したわけだ。

一方このような分類にメディアの疑問が日時アカデミー賞側は'実質的に劇を導いていったことはアンソニー・ホプキンス'という解明を出した。 それこそLeading Actorだったという話だ。 しかしこういう基準ならば過去劇を導いたが助演に分類されて助演賞を受賞したマイケル ケーン(ハンナと姉妹ら),チモシー無駄な(普通の人ら)等の場合と合わなかった。

これに対してムービーラインなど米国優秀映画専門紙は結局コンテンツを'時の人'イ・ホプキンスだったという点にアカデミー委員会が注目できると主張した。

'ハンナと姉妹ら'はケーンとほとんど比重が同じだったウディ・アレンが'時'コンテンツであり'普通の人ら'の場合、アカデミー賞受賞効果に加えて初めて監督役割を受け持って話題を集めた米俳優ロバート・レッドフォードが'時'コンテンツという背景が存在したということだ。 だから同じように'劇を導いた'習っても分類が変わったのだ。

このような概念は1973年の場合でも明確に確認されている。 '大物'が作品賞を受賞した年だ。 主演男優賞やはり'大物'で肥土コルレオーネ役を担ったマーロン・ブランドがもらった。 同じ映画で肥土コルレオーネの息子マイケル・コルレオーネ役を担ったアル・パシーノは男優助演賞にノミネートされた。

ところで劇中パチノの分量はブランドに比べて圧倒的に多かった。 さらにブランドが引き受けた肥土コルレオーネが劇中死亡した後40分余りほどをパチノ一人で導いていた。 当初プロット自体もマイケル・コルレオーネ人生の行跡を土台に肥土コルレオーネの役割が植えられていて実質的に劇を導いていったことは半端物置けと見るのが常識的だった。

それでもブランド=主演、パチノ=助演結論が出てきたことは、'大物'というコンテンツを'時の人'がすぐにブランドという点を認知した結果で見ることができる。 当時までしてもパチノはただ一つの主演作、それも興行に失敗した主演作万を持った新鋭だったためだ。

どうなろうがこのように徹底的に産業的目的のために、産業的役割を評価するために自分路線を確立していったアカデミー賞は、次第に権威と機能を確保し始めながらその他芸術分野上にも莫大な影響を及ぼした。

1947年創設された演劇部門トニー賞は初めから当然のように助演賞を制定して始めた。 Supporting ActorをFeatured Actorとだけ変えて呼んだだけだ。 1948年創設されたTV部門エミー賞も俳優部門を新設してからはほとんど同時に主・助演を分けて授賞した。

一方1960年代以後米国映画産業が全世界にかけて影響力を発揮し始めながら、海外やはりアカデミー賞と同じ劇芸術部門上の必要性を痛感することになった。 あちこちで映画上を始め各種劇芸術部門賞が誕生したし、その過程でアカデミー賞の構造をベンチマーキングする現象が起きた。

海外は何ともないように初めから主演賞と助演賞部門を分けて上を制定した。 もちろんその過程には韓国も挟まっていた。 それと共に俳優に主演と助演を分けて考える思考が大衆文化産業とこれを楽しむ大衆全体に広がった。

さらに主演と助演に対してアカデミー賞が規定する方式まで知らず知らず海外にまで伝染した。 例えば'シラノ;恋愛操作団'でイ・ミンジョンとチェ・ダニエルの比重はほとんど同じだ。 あえて時間まで確かめてみればチェ・ダニエル分量がもう少し多い。

それでも業界でも大衆的でもイ・ミンジョンは主演に分類されてチェ・ダニエルは助演に分類される。 'シラノ;恋愛操作団'はイ・ミンジョンが'時'コンテンツという認識らをすることになるためだ。

1995年作'永遠の帝国'では'大物'と似た展開が広がった。 劇中アン・ソンギが引き受けた政調駅の比重はチョ・ジェヒョンが引き受けたイインモン駅に比べて分量面で圧倒的に少なかった。 プロット自体もイインモンが引っ張っていく形式なのでLeadingという意味でもアン・ソンギは主演に分類されるのが難しかった。

それでもアン・ソンギは'永遠の帝国'広報と批評過程でいつも主演に分類されたし実際にいくつかの映画上で主演男優賞を受賞することもした。 当時わずかただ一編の映画で主役を演じてみたチョ・ジェヒョンに比べようとするならアン・ソンギ側が'時'コンテンツという点に大衆と評壇、業界の認識が知らず知らず席を占めたのだ。

●産業的役割基準と芸術本位的原論の差

これからまたキム・ミンジュン事件に帰ってみよう。 キム・ミンジュンは"演技者あるいは高名な俳優様が自分の配役に制約を置いた助演であるから助演ぐらい演技した主人公であるから助演適当に年そうするといいますか。 このような形で演技する人々をばかにしますか。 何のようでもない修飾語を付けて"としてOSEN記事を批判した。

ふさわしい言葉だ。 主演でも助演でも酒造研であろうともそのような形で役割を区分するのは正確に産業的目的に従ったことに過ぎない。 芸術家として俳優本人が気を遣うべきことはできない。

しかしOSEN記事で"相対的に認知度が落ちたり演技力に検証がさらに必要な俳優ら" "視聴者たち立場では魅力でも能力が落ちる俳優ら"が酒造年給、助演級に分類されるという点はそんなに違った解釈ではなかった。

言ってみれば産業的役割がまだあまり期待されないという意味であるためだ。 進んでかなり主観的だった"主人公をさらに光るようにする道具" "メイン級を夢見るが"等の表現も産業的役割の側面で相対的に若い俳優にできない声でもない。

だから俳優として、芸術家として姿勢を言及して'サブ主演'という呼称に反発するというのは場合に合わなかったとのことだ。 産業的基準に芸術家的精神で反論すれば事実上ほとんど無意味な、ぴったり合わない反論になる。

極めて世俗的な機能型基準に極めて高名な原論を突きつけるようなものだ。 ほとんど孔子様キョン音に近い。 また、助演とか酒造研とかいう役割基準がいくら芸術家として俳優みた役割に外れるとしても、そのような基準自体を無視することもできない。

どうなろうが劇芸術自体が産業化されている現実、その中でも産業化核心に属する映像劇芸術ジャンルで活動しながら産業的役割を計る基準をさげすむというのはその効果もさげすむようなためだ。 自身がどんな産業構造ハで機能しているのかすら忘却した態度だ。

もちろん'産業的役割などは出た関心もなくて、私はただ俳優であるだけ'と主張することもできる。 '産業的目的のために俳優本来の精神に背く誤りを受け入れることにはならない'で主張することもできる。

ところで名俳優ジャック・ニコルソン、ロバート・デニーロなどだと、韓国の場合、ソン・ガンホ、ピョン・ヒボンなどだとこういう誤りを分からなかったはずがない。 皆"カメオでも何でもセリフ一言目つき一瞬ただ"ジャック・ニコルソン、ロバート・デニーロ、ソン・ガンホ、ピョン・ヒボンの人物らだ。 それでもこれらは全部映画賞授賞式場に出てきて自身を'助演'で規定した助演賞を受け取った。

産業的役割の重要性に対する理解があったためだ。 産業が崩れれば自身だけの問題でなく前に登場する新鋭が立つ場所も狭くなるという点を知っていたためだ。 キム・ミンジュンとジャック・ニコルソンの差はまさにここで出ている。

●産業的役割に合わせて比重も増えるTVドラマ

最後に、'サブ主演'すなわち酒造研という特異な役割概念に対して考えてみよう。 映画ジャンルが主演、助演、主助演など基準を産業的役割にともなう事後評価に任せてしまっているならば、TVドラマ ジャンルでは実際に産業的役割推移により劇中比重を上げてしまうことが可能だ。 韓国TVドラマは事前製作でなく同時製作形態を守っているためだ。

それで比重が大きく設定されたキャラクターらのエピソードに視聴者反応が落ちれば比重が少なくても視聴者反応が良いキャラクターら比重を増やしてしまう方式を選んだりする。 だからTVドラマに限定しては主演、助演、酒造研という式産業的役割基準が終局に行っては実際劇中分量とほとんど一致してしまうことがたびたび発生する。

この過程で円滑な中心移動が可能になるようにTVドラマは非常に比重が少ない助演級よりは主演だけはできないが確実に助演だと見ることも大変な酒造研という設定を楽しんで動員することだ。

キム・ミンジュンは'ロマンス タウン'ですぐにそのような役割を受け持った。 典型的な酒造研設定だった。 'カップル大カップル'構図を押しこんだ後反応良いカップルを選択するという形発想が伺えた。 しかし総20部作中16部まで放映された現時点でキム・ミンジュンが引き受けたキム・ヨンヒ役の比重は確実に増えられなかった。

少なくともメイン級の剛健区(懐かしい方)比重を凌駕した状況ではない。 製作スタッフ側で視聴者反応を見て確実に比重を逆転させるべきだとの判断をしはしなかったという話だ。 一言で'キム・ミンジュンが売れている'という確信はなかったと見ることができる。

ところでこの部分に対して'キム・ミンジュンが売れている'という点を唯一主張したメディア記事がすぐにOSENの''サブ ナムジュ'ユン・ゲサン-キム・ミンジュン、'トッコ陣うらやましくない''であった。 キム・ミンジュンはすぐにその記事に反発したのだ。 世の中の事は真の瑶池鏡だ。

利益院大衆文化評論家fletch@empas.com

記事元 http://news.nate.com/view/20110701n19139

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